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われわれの考える総合医とは

ゲートキーパー(必要な症例を適切な専門医に紹介する門番役)と生活コーディネーター、この両側面が、行政及び日本医師会(日医)をはじめ広く共通して期待される所謂“総合医”像であろう。ところが、英国の一般医(general practitioner)のように総合医が国の管理下に置かれるべきかについて、昭和62年に旧厚生省が「家庭医制度」を打ち出した頃より、議論がある。患者登録と人頭払いによる官僚統制の危惧を日医と多くの医師が持ち、この事案に抵抗してきた。

フリーアクセスと医師自主裁量の担保の観点、つまり受療者並びに医療提供者を信頼し彼らの自由をできる限り確保しようとする立場は、我が国に公的医療制度が確立して以来、基本的に堅持されていると言える。対照的に、昨今の医療情勢を眺めるに、自由が確保されることへの懸念が増している。例えば、受療者側への批判として、軽症者の高度救命施設受診、救急車のタクシー的利用あるいはモンスターペイシャントの問題など。一方で、医師に関する問題として、救急タライ回しは勿論、勤務地や診療科目の偏在そして僻地での医師不在などもそうかも知れない。「当直がない、急患がない、訴訟がない」の所謂“三無い”の医療分野へのシフトといった若手医師に顕著にみられる勤務態度のトレンドが大きく影響していることに疑いない。こうして事例を列挙すると、若干乱暴な言い方になるが、国民そして恥ずかしながら医療者においても、個々人の利己性が先鋭化しているように思える。先に述べた医療界の差し迫った課題に対し、立場の異なる意見が舌鋒鋭く飛び交うが、それでも矛先は、現場当時者から国・行政の方へ向いてきた。国に責任を負わせると医者が楽になるのは必定だが、他方、行政に委ねる部分を増すとそのぶん医者の自主裁量は制限されることになる。将来、免許更新、開業権、地域の医師数制限、診療科単位の医師数制限と勤務医配置あるいは報酬制度といった諸問題が、引き続き議論されよう。これらに対して、自己犠牲と奉仕を活動理念の根本に据え、大局的な見地で行動できる医療人を、我々の考える総合医に求めたい。旧来では官僚統制の誹りをもたらす条件も受け入れざるを得なくなるかも知れない。太古より「大医、中医、小医」のたとえがあるが、我が地域は勿論、少なくとも市域そして県単位における医療サービスのあり方をしっかりと見据え、確実に自分の役割を発揮できるようになりたいものである。

専門化、そして細分化は、医療界のひとつの潮流である。巷で目新しい名前の診療科を、さらに研究・教育機関においても馴染みの薄い講座名を見かける。特に、大学では寄付講座なるものが新設され、経済・産業界のニーズの多様化に伴い専門講座が乱立する可能性が出てきた。個人レベルにおいて、傑出した才能や卓越した専門技術の持ち主が、スーパードクターと持て囃される。テレビの彼らは実に素晴らしい。また、認定医、専門医及び指導医として専門家の診療レベルを学会が公認しているが、対象人数は余りに多く、どの医者に掛ってよいか当事者に分からず、レストラン同様、結局クチコミが最も信用される。一方で、規模を問わず総合病院には、自分の専門の診療領域しか診ない「専門バカ」と言えるようなケースがある。限られた臓器への興味しかない。チーム医療に関心がない。関心がないばかりか、主治医の権利を大袈裟に主張して協力しない。これら「専門バカ」タイプの先生には、患者の身体的諸要因を分析はするが統合の視点から捉えるのは不得手、社会・精神的因子への接近に極めて消極的といった特性がある。乱雑な多系統疾患に加え重い社会背景を抱えることは高齢者に決して稀でないが、極端なケースが院内でいわば“タライ回し”される事態を経験された諸兄もおられよう。都市の大病院では、専門家だけ募集してやっていけるだろうが、そういう施設が寧ろ例外的である。確かに、自らがこどもの時、熱あれば総合病院の小児科に、耳痛ければ耳鼻科に、目ヤニ出れば眼科へと、甲斐甲斐しく母親に連れて行かれた世代の先生方には、総合診療のごときは結局のところ馴染まないかもと思うことがある。そうは言うものの、医師数が足りない地域医療の危急の現場には、専門に関わらずとりあえず何でも診てくれる医師が、とにかく必要なのだ。なかでも田舎の中核的病院に最も深刻だ。ところが、昨今の医師不足の本質は、単なる頭数の問題だけでなく、むしろ人材の不足にある。1)患者に対してはライフスパンの関わりを念頭に地域生活者の視点をもって関わり、2)診療能力の面では専門家と万能家の双方の志向を相乗させ、3)率先して他の職種をまとめ院内を見渡し統合的視点から活動する、全国津々浦々、地域医療にはこんな医師が欲しい。決してスーパードクターほどでないものの、ハードルは少しばかり高いと思う。こういう医師像が、我々自身、目指すところであるし、当院でじっくり育てたいと考える。

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